Lambdaカクテル

Common Lispと自宅サーバにWebエンジニアリングの香りを載せて

コードを勘当し、そして支える

仕事でへまをして悔しかった。悔しかったけれどすっかり意気消沈してしまって、何も出来なくなってしまった。へま自体は大してひどいものではなかったけれど、そこからのリカバリが出来なくてオタオタしてしまい、けっきょく先輩にやってもらわなければならなかった。そこが一番辛かった。

自分のせいで何かが起きたとき、洪水のように事態が連鎖していくなかで、戦い続ける気力を保ち続けるには、ひとたび手から離れたコードと自分とを切り離し、みんなのものとしてcarry onしていく思想が必要だなあと思った。 なぜなら、自分のものだという意識が、自分を不必要に責めてしまうからだ。責められたように感じると、端末を投げ出したくなってしまう。

それとはまた別に、未熟ゆえの学ばなければならない点があって、それを指摘されることも受け入れなければならない。これら二者は別々の意識で迎え撃つ必要がある。ひとたび二者が結びつくと、自分の失敗をずっと責められているように感じてしまい、いったい誰が得するだろう。

一日が終わると死に、朝が来ると生まれ変わるつもりでやっていく。

失敗を失敗のままにしておいた時、そこで初めて失敗したことになるわけだ。