とある案件で原稿を書いていて、それの締切が近いので忙しい暮らしをしている。それで若干寝不足になってしまって頭が回らない。だいたいいつもクタッとしている。
ところで最近荒れがちで良くない。 自分の場合、焦りや不安といった高ストレスがかかると酒を飲んでめちゃくちゃになることで発散してしまうきらいがあって、また酒を飲んでインターネットで暴れるという狼藉を働いたのでしばらく酒を控えることにする。 控えさえすればいいのかという話題もある一方、控えつつも問題の根源を押さえることでうまくやっていきたいという気持ちもある。
長文を書いて問題に向き合うという対応もできるのだけれど、疲れていたりストレスが高い状態だと、長い文章が書けなくなってしまう。まじで。読書をする気力もなくなってしまうので、ストレス発散をする手段を自分で封じてしまうという最悪の状態になることが分かってきた。眠い。
別の話題として、ネットでニュースにむらがって喧嘩している人に遭遇するとメンタルの体調が悪くなってしまう。物理新聞を取ろうか、割と真剣に悩んでいる。物理新聞だと、素人が汚い言葉を使ってバトルするといったことがないので安心して読める。世の中から一定の距離を置いたほうがいいとおもう。
言語化しないほうがいいこともある
最近自分の考え方、というかメンタリティが変わった。なんとなくうまくいかないときや、問題や不安にぶつかったとき、目につく不安の全てを(問題が自分の中にあっても外にあっても)批評したり分析したりして安心しようとするムーブを取りがちだったけれど、一旦無視できるようになった。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日
不安を言語化しようとするのは大事だけど、その過程で存在しない(あるいは本当に小さな)問題をクローズアップしたり、自分の考え方そのものを敵視しだしたりと、不安が不安を生む形で問題を再生産してしまうことが多くて、言語化しないほうがよい場合もあることが分かった。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日
単純に未経験だとか詳しくない状況にいるといった、切り札が少ない状態で悩みや問題を「言語化だけ」で解決しようとすると、外に向けるべき対応能力が内面に向かってしまう。思考方法が悪いだとか(これは非常に危険)、君の素質が無いだけなんだよ、といったふうになっていく。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日
健全に学びと成長のサイクルを回すためには、「批評する・内省する」といった思弁的な過程と「手を動かす・体で感じる」といった実践的な過程とのバランスをとる必要があって、前者に偏りすぎた結果、メンタルが損傷した。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日
ここから得られた学びは、「現時点で知らないこともあるはずだから、今は結論を出さないでおこう(特に現実をより悪く解釈するおそれがある場合)」という無知の知的なヒューリスティックを持っていたほうが良い、ということ。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日
これは技術的な学びというよりは、人生や世の中といった、不安がたくさん生じるので論理武装したいけれど、かといって敵味方や正解を決め付けてはいけないような、あいまいで不確かな分野の学びに対する態度として使えるテクニックです。
— Windymelt / id:Windymelt (@windymelt) 2020年2月26日