Lambdaカクテル

京都在住Webエンジニアの日記です

祖父と自分と戦争,そしてリスクの説明,平和祈念公園

戦争と祖父と自分にまつわる日記。

8月は俺の誕生日がある月であるとともに,終戦の日がある月でもある。土地柄にもない雪が降る東京で事実上の軍政の火蓋が切られ,汗だくの真夏にそれが終わった。 個人的には敗戦の日として真面目に負け戦の研究をする日にすればよいと思っているが,まあそれはどうでも良い。

俺はよく政治的・経済的なトピックが気になるタイプの人間で,よくそういった情報をキャッチして(体調を崩して)いるのだが,いつからそういった方面に興味が向くようになったのか,そのベクトルの起点はどこなのだろうかと思うに,浮かび上がってくるのが戦争である。

子供は戦争が好きだ。子供から大人への成長はいかにしてヒトを人にするかというプロセスでもあり,それは野生の動物的暴力を剥ぎ取って別の手段に昇華させていくプロセスだとも考えることができる。 そのプロセスに子供はまだ投入されていないために,実に純粋に剥き出しの暴力を楽しむ傾向にある。カエルは殺すし,虫の翅はもぎ取る。あまりにどうでもいいことで他人と純粋な暴力の応酬を行うし,弱い人間を苛める。それが落ち着いた頃に,一種の昇華として,軍艦や戦車,戦闘機が登場する。そこから知識を発展させていく場合もあるのだろうが,俺の場合は戦争とは祖父の過去であった。

今や鬼籍に入った祖父は戦時中召集され国内外を*1転々としていたようだが,幸運にも五体満足で帰ってきた。そのうち父が生まれて俺が生まれたわけだが,あまり孫に戦争の話はしようとはしなかったし,むしろ避けていた側面があったように記憶している。わざわざ嫌なのを聞き出しても仕方がないと思っていたらとうとう記憶ごとあの世に行ってしまった。父づてにその話は聞いたことがあるので,父にはたまに話していたようだ。

そこから戦争への興味が膨らんでいき,戦記などをちょこちょこ読んだりしたが,どちらかというと興味が沸いたのは戦争を招いた世界的な経済事情であったから,横道に逸れる形で経済や社会にも興味が向き,ちょうどWikipediaが有名になった頃でもあったから,情報をつまみ食いする形でそれなりに詳しくなった。しばらくしてからまとめサイトと2ch文化が流行ったおかげで一気に右傾化したのだが,そういったまとめサイト発の右傾化,というより嫌韓とか嫌中的な箍の外れ方が,余裕のない世相を反映して一般社会に波及し,ビジネスライクに量産されるヘイトバブルが起きる頃には,そういったムーブメントに辟易して,その反動で人権や法哲学へと舌を伸ばすことになる。偶然にもそれが大学に入る頃だったため,法学をやることになった。これは良い判断だったと思っている。結局のところ俺はあくまでカウンターパートとして右寄りの意見に立っていたのであって,世の中の趨勢が崩れ,ヘイトが表立って社会の水面に顔を出すようになると,もはや抵抗ですらカウンターパートですらなくなり,忠恕を失った保守的なる人々に失望したのかもしれない。

ここで戦争に話が戻って,この時期になると戦争とはなんだったのか,戦争責任とはなんだったのか,という事について考えざるをえない環境になってくる。街宣車が来るから…………。 民衆が支持した戦争だった,民衆は騙されていた,戦争は避けられなかった,戦争は正しかった,といったいろいろの話があちこちで囁かれるが,自分の中では,稚拙ではあるものの,このように考えている。戦争とは国家の一大事であり,一種の賭けである。勝てば利益を得られるが敗北すれば全てを失うリスクの高い賭けだ。道徳的・国際協調的な立場では戦争は絶対悪というのが通説だが,あくまで現実的な外交の手段として考えた場合は,戦争はハイリスクではあるが有効な賭けである(だからこそ現代においてもそれにベットする国家があるのだ)。

にもかかわらず,そのリスクを,その責任を嫌でも負わされる国民との合意を取ろうとせず,あるいはそのリスクを粉飾して戦争に打って出たということに,責任が生じるのではないか。賭けの責任は国民が血で償うことになる。であるならそれに賭けるかどうかは,(民主国家ならまだしも帝国憲法下では国民は主権者ではないので道義的に,という表現を使わざるをえないため,論拠として弱いのだが)国民の支持が必要なはずである。 それを怠ったために責任が追求されるのではないか。国民の支持が得られずとも戦争を続行できる権限があるからこそ責任が発生するのではないか。

もっとも現代の価値観で過去を裁くのは後知恵であるし,当時は有効であったが今は無効である,といったこともあるはずであるから,慎重に判断しなければならない。当時はそれで良かったということもある。 しかしながら,当時の価値観では当然有効であったから間違っておらず正しかった,と主張しても,その主張も同様に当時は正しく今は(場合によっては)誤りなのであって,現代においてどうするかという議論を支えることはできないはずだ。例えば当時は戦死して靖国に行くのが名誉であった,だが現代の問題である参拝をめぐる問題にそのロジックを持ち込めるのかは,正直よくわからない。

そういえば沖縄に行くと必ず平和祈念公園に行く。まだかすかに風景が戦争を憶えているような,地続きに戦場があるような,殺戮された魂が呼んでいるような気がして,毎回行ってしまうし,行かなければならないと思ってしまう。 それも当然で,国内唯一の陸戦場なのだ。表現として適切ではないかもしれないが,血の重みがあるのだ。

陸戦の血の重み,核の血の重み,空襲の血の重み,家族の血の重み…………

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*1:軍人手帳は実家にあるのだが,なんとなく見ていない