プログラマや数学徒は抽象化が好きである。自分もご多分に漏れずそうで、例えば自分がよくやるのは思考について思考するもので、「あ〜今自分はこういう風に判断しているな〜」「こういうふうに考える傾向があるな〜」という感じに、一段階上に持ち上げて考えたりする。名付けるなら、メタ思考。
どうしてこのようなことをするか。なぜかというと、自分はエンジニアなので抽象化に加えて再現性を出したいという欲が出てきてしまい、「最高の思考をコンスタントに出せるようになりたい!!!!!!」と常々思っているから。最高の思考がコンスタントに出ると生産性もコンスタントに上がって、万事ハッピーというわけ。
他にも理由はある。他人を傷付けないためである。最近はネット社会が発達していて、自分の発言がおよぼす影響力が大きくなっている。もし自分が偏見を持っていたり知らず知らずのうちにひどい事を言っていたりすると、他人をたくさん傷付けてしまうかもしれない。
一方でメタ思考にも弊害がある。それは、脳が高負荷になることである。常時自分の思考プロセスを監視しなければメタ思考は成り立たないので、脳でアプリが2つ動いているみたいな感じになってしまい、脳アチチでワロタという感じになる。
また、何か習慣や他人のやり方を身に付けようとしても余計なことを考えて邪魔になる。「それによって何の意味があるのか?」みたいなことが立ち上ってきて、脳が煙に巻かれてしまう。
実はメタ思考しなくていいかもしれない。というのも脳には無意識という優秀なOSが備わっており、あらかじめ知識をインストールしておくと必要な刻が訪れたら自動的に意識にシグナルを送ってくれるのではないか。であれば、わざわざ意識下にメタ思考を常時展開する必要もない。
さらに、メタ思考は楽しいけどそんなに成果が出るかというとそうでもなく、単に堂々巡りになっているだけのときがある。今風に言うとコスパが悪い。しかも、自分の中で再現性があるからといって他人にとって再現性があるかは全く無保証なのも嬉しくない。マジで俺はそう思う、以上の解が出ないとか普通にある。
その都度ごとにうまく立ち回る方法を見付けて、その通りにやるのを繰り返したほうが、メタ思考をして頑張るよりも、ナレッジが貯まる速度は上かもしれない。アーマードコアみたいな。