自分の記憶はにおいと共にある。
うまれつきよくきく鼻をもつ自分は、ふとしたにおいから、過去の鮮烈な記憶を瞬く間に引き当て、その情景をプラネタリウムのように広げることができる。
知り合いの一人一人にもそういうにおいの記憶があって、地理的にも時間的にも遠く離れているのに、誰かが急にそばにいるような気持ちになる。
コーヒーと煙草の混ざったにおい、柔軟剤とギターのメイプル材のにおい、新品の本のインクのにおい……
そういうつながりは、実際に時と場所を同じくしなければ生まれえないものだし、においはシェアすることもできないから、少しだけ誰かや何かを独占しているような優越感にひたることができる。
またなにかのにおいを感じることのできる日々がやってきますように、と願っている。